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私の最初で最後の妊娠出産体験記

子供がもう中一なので13年ほど前のことになる。http://www.ush-journalismstudies.com/

早生まれになることを期待し妊活をして無事に懐妊した。

病院は万が一の時に歩いて行ける近くの総合病院。

喫煙していたので懐妊に自信があったから最後の一本を吸い終えて病院に向かった。

随分と長いこと待たされ検査の後産婦人科医は言った。

「妊娠しています。産みますか?」

おめでとうございます!と祝福されるものと信じていたので面食らった。

また「出産予定日は12月14日です。」

えー!  早生まれ作戦には失敗したのだった。

妊婦検診について、同僚の妊婦と話してわかったことだが

私と彼女とでは検査内容が違っていた。

毎回あった検査項目が彼女の方が少なかったのだ。

これは年齢のせいか病院の方針なのかは定かではない。

予定日の一か月前にファーストフードのアルバイトを退職した。

産後は出歩けなくなるからと買い物に走り?回った。

7~9か月の間早産の気があったのでウテメリンを服用しなるべくうごかないようにしていたので

解禁されてから運動の為よく歩いた。

ちょっと重いかな?洗濯洗剤をえっちらおっちら持って帰った晩におしるしが来た。

翌朝破水した。破水といっても、ちょっとおなかにちからが入るとジョボジョボと

おもらしのようにでてくるのだ。間違いない。

入院準備をし、姑が見ても大丈夫なように台所を片付け歩いて病院に向かった。

あー破水ですね。このまま入院です。

いつもの先生とは違う通いの優しい女医に言われた。

女医さんやさしい!この先生がいいと思ったけど希望は叶わない。

病棟から車いすが来たので人生初の車いす体験になった。

車いすはなんだったの?病棟に着くと破水から〇時間以内に陣痛来なかったら

促進剤使うから歩くよう命じられ、抗生剤の点滴をお供に廊下を歩いた。

無事に産気づき夕方には分娩台へ。

さすが総合病院である。

助産師と看護師二人、産婦人科医とそのインターン、小児科医とそのインターン

総勢7人が私のおまたに注目していた。

私は張り切った。陣痛の波が来ていないのにいきんだ。

張り切った分出血多量となったが安産にて無事出産終了。

7人に見守られ、パパも祖母も叔母も間に合いみんなに見守られて生まれてきた

わが子はなんと幸せである。